
BRDC治療における抗菌剤の適正使用に向けた臨床的アプローチ~効率的使用と慎重使用~
山形県 山形県農業共済組合連合会 加藤 敏英 先生
感染症が多様化し耐性菌が増え、BRDC治療が難しい時代に
現在、BRDC(牛呼吸器病)については、100%に近い形で抗菌剤が使われている。一次診療を預かる側としては、患畜ごとに検査を入念に実施する余裕のないことから、経験や推測に基づいた抗菌剤治療に頼らざるを得ない側面もあると思われる。しかし近年、農場規模が大型化し、家畜の移動が広域化してきたことなどもあり、家畜感染症を取り巻く環境は一変し、感染症が多様化してきた(スライド1)。結果として耐性菌が増え、感染症治療が難しい時代に突入している。経験とエビデンスのバランスがとれた理想的な形で抗菌剤治療を行えるよう、いくつかの治験情報を紹介させていただく。
健康牛由来細菌の薬剤感受性に基づいた抗菌剤治療の臨床効果
山形県ではバイトリル注射液の臨床試験を行い始めた1986年から、滅菌綿棒を用いた鼻汁の採取によって、細菌の分離同定、感受性の検査を継続している。2004年には、鼻汁の収集に苦労する罹患牛ではなく、健康牛を対象に検査したところ、分離された起因菌は罹患牛の分離率とほぼ変わらないことが明らかになった(スライド2)。以来、作業効率の面からも、健康牛の鼻汁を集めて検査する方法を採っている。同年、この分離・検査成績から新しい治療プログラムを提言するにあたり、10農場の調査を行った。そのうち、1次選択薬としてフルオロキノロン薬を使っていたB農場とC農場、合成ペニシリンを使っていたものの48%の有効率しかなかったJ農場を、プログラム変更提案の対象農場とした(スライド3)。
J農場の菌の分離状況はP.multocida が主であり、合成ペニシリンのMICは128μg/mlと耐性が認められた。分離菌は主に一般細菌だったので、フェニコール系の薬剤を1次選択薬として使用する提案を行った。B農場は病原性が非常に強いM.haemolytica が最も多く分離されたため、MICが低かった合成ペニシリンを1次選択してもらうことにし、C農場にも同様の提案を行った。その結果、2005年度、J農場の治癒率は89%まで上昇し、B、C農場とも70%を超える治癒率となった(スライド4)。なお、3農場ともこの治療プログラムに従い、現在も有効率は十分であると聞いている。
もちろんMICを見るだけがエビデンスではない。農場や診療所ごとのエビデンスに則れば、バランスのとれたEBM(evidence-based medicine)が実践できると考えている。抗菌剤治療は、複数の獣医師が、構築された治療プログラムに基づいて行う組織的対応が不可欠。チーム獣医療がかなり重要な意味をもってくる。
抗菌剤を使い続ければ耐性菌が増えるが、中止するとどうなるか?
先述のJ農場において、検査当初、P.multocida に対し合成ペニシリンは、これ以上使い続ければ感受性を示す株がなくなる警告とも言える2峰性分布を示していた(スライド5)。その後、2004年から3年間、合成ペニシリンの使用を休止してもらったところ、全てMICが低値に分布した(スライド6)。おそらくP.multocida が伝達する必要のなくなった耐性を破棄したと理解する。逆に菌株が全て低値のMICに分布していたD農場で、継続して合成ペニシリンを1次選択薬として使用したところ、3年後には耐性を示す株が分布されるようになった(スライド7)。
J農場ではその後もう2年間、合計5年間休止してもらったところ、2009年度、合成ペニシリンの臨床効果が82%と有意に上昇していた。逆に継続使用したD農場では、やはり臨床効果が有意に低下していた。ちなみにJ農場では現在もフェニコール系を1次選択で使用していて、その感受性が低下した段階で合成ペニシリンを再び1次選択で使用するよう伝えている。また、D農場にはフェニコール系に薬剤を変更してもらった。感受性が低下した薬剤については、一定期間、使用を休止するのが一つの手だと考えている。
抗菌剤の使用は記録に残しながら、慎重に治療戦略を考えていく必要がある
全ての症例の検査は困難なので、多くは診断的治療を行うしかなく、初診時の判断がとても重要になる。一般細菌が主因であると推定した場合、合成ペニシリンを1次選択で使用している農場が大多数と推察するが、効果が低ければ、もしくはMycoplasma が起因菌であればフェニコール系抗菌薬、それに耐性のMannheimia であればセファゾリン系抗菌薬と、治療のパターンを試し、臨床的な効果から探っていくことになる(スライド8)。薬剤変更のタイミングを我々は多くの場合、3日目の総合的な臨床所見で判断している。当然ながら使用薬剤が時間依存性か濃度依存性かも頭に入れておく必要がある(スライド9)。
また、MICを満たす濃度を投与したとしても、MPC(突然変異株阻止濃度)を下回る濃度では、突然変異の耐性株を招きやすい。キノロンはMICとMPCの幅=MSWが狭いが、幅がある場合には必ず最大量を設定した方が、確実に効果が上がる。バイトリル注射液は牛呼吸器病には2.5~5mg/kgと承認の投与量に幅があるが、5mg/kgでの投与が最大の臨床効果を期待でき、かつ耐性菌の発生リスクも低減できると考える。また使用した抗菌剤については、記録に残すことでその後の治療プログラム再考時に役立つ。
近年、牛呼吸器病(BRDC)で増えてきたのは、Mycoplasma とMannheimia 6型である。Mycoplasma は宿主の免疫を回避する能力があり、抗原性を示すA、B、C、F、O、5種類のタンパクも、Aが突然Bに変化したりCに変化したりするため、ワクチン開発も容易ではない。また、日本のみならず世界各国で、Mycoplasma のマクロライド系抗菌薬に対する感受性の低下が大きな問題になっている。実際に山形県で罹患牛を対象に1986年から2003年までに実施した調査では、Mycoplasma が約30%の分離率であった(スライド10)。健康牛でも37%と同程度の分離率である。特効薬と言われてきたタイロシンなどが近年では臨床効果が低下している。
Mannheimia については、以前は血清型の1型、2型が多かったものの、ここ10年ほどで、6型の株が増加してきている。6型はロイコトキシンという毒素を産生して、病原性が強く、対応が難しい。対数増殖期のパスツレラを10億以上、人工感染した際の肺と比較した場合、Mannheimia は圧倒的に病変割合が高い(スライド11)。また、4剤耐性の菌株が40%を超え、合成ペニシリンが効かない菌株も相当存在している。一部の菌株がフルオロキノロン薬にも耐性を持つことも報告されているので、注意が必要である。
個々が基本的な医療を地道に行うことこそが、最強の感染対策
検査データを臨床現場にどう活用すべきか、実例を挙げて提案させていただいた。たとえPCRでの検査が困難であっても、この農場はどの菌種が多いといった色分けをすることも薬剤投与プログラム構築のきっかけになると考える。検査が出来ないから何も出来ない、ではなくて、日頃から臨床効果を詳細に分析し、データ化しておけば、農場の問題に合わせた治療プログラムを構築するのに役に立つ。感染症対策、耐性菌対策にサーベイランスは重要だが、本当に大事なことは地道な医療活動。難治性の中耳炎が増えてきた原因の一つにも、マクロライド系抗菌薬の感受性低下があると思われる。検査が一つの薬剤の選択の指標であることは間違いない。可能な限り協力をしてデータを集めていきたく、若手の先生方の活躍にも大いに期待している。
まとめ
- 抗菌剤治療は、経験的推測的治療と科学的根拠のバランスに基づいた戦略が大切。
- 単年度の健康牛を対象とした鼻汁の検査データであっても、十分に臨床現場で活用できる。
- 抗菌剤治療には、各獣医師が構築されたプログラムに基づいて行うチーム獣医療が重要。
- 感受性の低下した薬剤については、一定期間、使用を休止すれば、感受性が回復する実績がある。
- 診断的治療を行う場合のためにも、抗菌剤の使用は記録に残しておくことが肝要。
- 感染対策、耐性菌対策にサーベイランスは有用だが、真に大事なのは個々の獣医療従事者が基本的な医療を地道に行うことである。