
薬剤感受性モニタリング結果から抗菌薬の適正な使用を考える
エス・エム・シー株式会社 小池 郁子 先生
抗菌薬の適正な使用とは
今日、獣医師は抗菌薬の使用において法令遵守による適正使用はもちろんのこと、薬剤耐性菌の出現を最小限に抑える使用を求められている。弊社では、年間8万件ほどの検体を扱っており(スライド1)、現場からいただいたこれらの貴重な検体から得た結果をもとに、近年の感染症の状況と薬剤感受性モニタリングから、薬剤の適正な使用について考えていきたい。
主な下痢起因病原体の感受性調査
下痢起因病原体の推移(スライド2)を見ると、2012年にはローソニアが非常に高率に分離されている。これはサーコウイルスの新しい株が全国的に増加した時期と重なる。お示しした4年間で、浮腫病や大腸菌が主な下痢および死亡の原因となっている状況に大きな変化はない。2014年になると、全国的に拡大していったPEDの検出率が高くなっている。その影響により、哺乳豚や離乳直後の豚の下痢便などから、クロストリジウムやロタウイルスなどとの複合感染の検出率が増加している。
PED発生後の下痢原因検査の推移(スライド3)を見ると、初発生後の哺乳豚は典型的なPED所見を示す腸管がほとんどであったが、沈静化後も下痢、死亡が続いた農場では、腸管の病変は軽度だがPEDウイルスが高率に分離されるという事例が確認された。解剖してみると、PEDというよりは大腸菌症と類似した所見が非常に増えていた。見た目上はPEDが鎮静化した状況でも、PEDウイルスは存在し、免疫の無い母豚への感染などが継続され、また次の冬にも発生が繰り返されている農場が現在もある。
大腸菌毒素の推移(スライド4)としては、2007年、浮腫病と下痢、両方の毒素(VT、LT、ST)を持った大腸菌が急激に増えている。しかしその後にサーコウイルスワクチンが発売され、事故率も低下し、両方の毒素を合わせ持った大腸菌は減少した。しかしここ最近、再び増加傾向にある。
大腸菌の薬剤感受性(スライド5)を見ると、2012年よりも2015年で耐性を獲得している大腸菌が増えている。毒素産生タイプによる感受性の違い(スライド6)を見ると、両方の毒素を有する株の耐性率が非常に高いことがわかる。浮腫病とST、LTの毒素を獲得した大腸菌では、耐性の遺伝子も合わせて獲得した可能性もあり、VT、ST、LTの毒素を持つ大腸菌が増加すると薬剤の耐性株も増えるという悪循環が起こっているのではと感じている。
クロストリジウム属の薬剤感受性(スライド7)は大腸菌ほどではないが、数種の薬剤に耐性が確認されている。PED発生時の死亡豚の下痢便検査ではクロストリジウムの腸管内での増殖が確認されることが多かった。
サルモネラ・ティフィムリウムの薬剤感受性は、農場によって耐性菌の状況が異なる(スライド8)。ティフィムリウムの病変としては、結腸に潰瘍ができている場合や敗血症症状がある。農場によっては、サルモネラと大腸菌による被害が交互に繰り返されるところもあり、特に大腸菌の耐性獲得の速さを感じている。
主な肺炎起因菌の感受性調査とApp感染状況について
肺炎起因病原体の推移(スライド9)を見ると、細菌では10年ほど前はAppが主な病原体として検出されていたが、2012年以降はレンサ球菌の増加が目立っている。ウイルスではPRRSが一番検出されているが、最近では一旦減少傾向にあったサーコウイルスが増加傾向にある。
レンサ球菌は、最近では心内膜炎での検出が増えている。ほとんどの薬剤に感受性を示しているが、若干、血清型Ⅱ型以外の方が耐性を示しやすい傾向にある(スライド10)。多くの株で感受性を示す一方で、レンサ球菌は環境中でも容易に生存し、農場で何らかの免疫低下が起こると、レンサ球菌症が引き起こされる。パスツレラムルトシダは、多くの薬剤に感受性を示している(スライド11)。単独感染ではさほど影響はないが、PRRSやマイコプラズマ、Appが存在する場合、呼吸器系の症状を悪化させる。
Appについてもほとんどの薬剤に感受性を示しているが、耐性株が最近増加傾向にある(スライド12)。
1989年からのApp血清型分布の推移(スライド13)を見ると、1995年頃は、様々な血清型が分離されていた。日本でPRRSやサーコウイルスが問題になり始めた時期と重なる。これらの病原体が落ち着いてきてからは、分離株の半分以上がⅡ型続いてⅠ型であるが、最近は血清型の判別がつかない株も増えている。Appも生き残るために性状を変化させているのではと思う。App血清型による薬剤感受性の違いを調べたところ、Ⅱ型以外で薬剤に耐性を持つ株が多い傾向にあるが、感受性のある薬剤を投与しても、肥育後期に発症し死亡してしまうことがあり、AppⅡ型の問題はいまだに大きいと感じている。
今後考えるべきなのは、それぞれの病原体についてだけでなくPRDC(呼吸器複合感染症)の問題である。離乳後の感染状況を見ると、40~50日くらいでの死亡例は、肺自体には著変がないレンサ球菌や大腸菌症などが多い。50日以降に母豚からの移行抗体が消失し、90~100日くらいでPRRS-PCRが陽転し、さまざまな細菌が徐々に増加しはじめ、肺病変が形成されていく。その後120~150日あたりで死亡してしまうケースでは、90~100日時点でAppなどの動きが活発になり、マイコプラズマなども同時に増えて呼吸器症状を呈し死亡に至る。PRDCは離乳後から徐々に始まっており、ストレスの閾値が非常に小さくなっていき、ちょっとしたストレスで爆発的にAppなどが増えて死亡に至ることが十分考えられる。
PRDCの病原体として10年前のPRRS陽性の検体では、ハイオライニスなどの日和見感染菌が多く、Appはそれほど多くはなかった(スライド14)。PRRS陰性の検体ではAppがほとんどで、その次にマイコプラズマやレンサ球菌の占める割合が大きかった。しかし2015年は、PRRS陽性の検体でもAppが混合感染として検出されている。それ以外にサーコウイルスやレンサ球菌なども増え、ハイオライニスは減っている。
ある農場のAppエライザの結果と離乳後の事故率を見ると、移動前後で事故率が非常に高くなっていた(スライド15)。ある個体では90日くらいからAPP感染が確認され、その他の個体では150日以降に抗体が確認されており、個体によって抗体の上がりにかなり差が出ていた。おそらく移行抗体が低い個体で感染が起こり、Appが豚群のなかで水平感染し、休薬が開始される150日あたりでAppが増えて非常に事故率が高くなっていた。
農場によってもAppの感染の時期は様々である。A農場では60日以降で、B農場では90日以降に陽転が見られた(スライド16)。農場で対策を考える場合、豚舎毎、日齢毎に感染が異なるので、感染状況を随時確認していく必要がある。
対策を考える上での病勢鑑定には、目的に合った検査対象を選ぶことが大切である。発症の引き金となった要因は、1カ月以上前に起きていて、すでに主要因となるような病原体はいない可能性がある。そして病勢鑑定とともに、農場での病原体の動きを確認し、発症の要因を分析するモニタリング検査が対策につながる。
農場HACCPと薬剤の使用について
農場HACCPで薬剤の管理は必須となる。指示書や使用内容など、獣医師の指示に基づいた薬剤の使用であることを証明できるものが必要になる。また薬剤は、場合によっては豚という製品を作るための原材料となるので、原材料リストとしても登録が必要である。また使用時は、投与記録や出荷時の休薬確認なども必要となり、さらにはそれに対する検証を行わなければいけない。場合によっては、薬剤を変えた経緯と、それによりどうなったかの検証も必要となる(スライド17)。こういった農場HACCPの実施は、薬剤の種類や数量を最小限となるシステムであり、そのため的確な指示にもとづいた使用が、耐性菌を増やさない対策の一つとして非常に有効である。
薬剤耐性の問題は世界的に起こっている。日本も例外ではなく、薬剤耐性対策が畜産現場に求められている。法律上だけではなく、効果的な薬剤の選択と投与時期の検討による適正な使用が非常に重要である。豚の体内は菌の増殖培地であり、耐性菌を産生する場所だと考えて使用していただきたい。農場ごとに薬剤の耐性状況は異なる。感染の状況も季節や群単位で異なっている。毎回同じ薬剤プログラムで使い続ければ、効果がなくなるだけではなく、耐性菌を産生して治療が困難となる。定期的なモニタリングと、病性鑑定による原因の確認、薬剤感受性調査を行っていくことが非常に重要である。
まとめ
- 浮腫病と下痢、両方の毒素(VT、LT、ST)を持った大腸菌が近年、再び増加傾向にあり、それらは薬剤に対する耐性も多く獲得している。
- 肺炎起因病原体として近年主要となっているのはレンサ球菌である。PRRS陰性の検体だけでなく陽性の検体からもAPPが同様に検出されている。
- 病勢鑑定の検体は、目的に合った検査対象を選ぶことが大切。農場での病原体の動きを確認し、発症の要因を分析するモニタリング検査が対策につながる。
- 農場HACCPに基づいた薬剤の管理と使用が、耐性菌を作らせない対策の一つとして有効である。
- 畜産現場には薬剤耐性対策求められている。法律上だけではなく、薬剤の感受性モニタリング(薬剤感受性試験)と効果的な薬剤の選択、そして投与適期の検討(感染時期の確認)による適正な使用が重要である。