
牛呼吸器病におけるマイコプラズマの関与と抗菌薬
宮崎大学 農学部 獣医学科 産業動物衛生学研究室 上村 涼子 先生
多くの呼吸器症例がM. bovis関連のBRDCであり、検査が不可欠
Mycoplasma属は農場内に入ると急速に広がり、排除が困難である。なかでもM. bovisは単独で肺炎を引き起こすほか、他のウイルスや細菌と複合的に感染し、BRDC(牛呼吸器複合病)を起こす主な病原体としても知られている。M. bovisの感染を伴う肺炎は1才齢以下の子牛に好発し、国内でも通年散発する。BRDCは幼若子牛の損耗疾患として非常に重要で、呼吸器症状を呈した牛の35%~80%以上の牛からM. bovisが分離されており、BRDCにおいてM. bovisの関与は非常に大きい。
M. bovisが病原性を発現するには肺の深部に移行する必要があるが、その要因にはBVDV感染等による免疫抑制、輸送ストレスなどが考えられる。M. bovisによる肺炎に関して、成書では気管支周囲のリンパ濾胞形成と言われているものの、実際、多くは多発性の乾酪壊死像を示す化膿性肺炎である。M. bovisのみの感染では症状に乏しく、他の病原体との複合感染で症状が顕在化する。つまり、「BRDCからM. bovisが高率に分離される」のではなく、「M. bovisに感染しているからBRDCとなる」と言える。現状として、国内も諸外国と違わずM. bovisが広く浸潤している。多くの呼吸器症例がM. bovisの関連したBRDCであり、Mycoplasma検査が不可欠である。
鼻腔拭い液、肺組織からの適切なサンプリングで早期治療につなげる
検査を行うにあたり、鼻腔拭い液でサンプリングをする場合には、スワブを2本使ってもらいたい。Mycoplasma用培地には高濃度の抗生物質が含まれており、一般細菌の輸送には適さないため、もう1本は一般細菌分離のための輸送培地に浸す必要がある。もし専用培地がない場合は、手元にある液体培地、または生理食塩水に入れて乾燥を避け、いずれの場合も冷蔵下で速やかに輸送すること。鼻腔拭い液からの菌分離率が、肺胞洗浄液からの結果と78%一致したという報告から、採材の利便性や牛のストレス軽減の面からも有用だと考えられる。ただし、完全でないことも押さえておきたい。
微生物学的検査用の肺組織のサンプリングを行う場合、肺病変部位に加え、正常部との境界部も採る必要がある。その際、すり潰して乳剤にはせず、メスやハサミで細切し、液体培地と混ぜて濾過したものを使ってほしい。肺組織中にMycoplasmaの発育を抑制する物質があるので、あまり潰すと発育が悪くなる恐れがあるためだ。
採材後に使う市販の調製済みMycoplasma用培地は、M. bovisをはじめ牛の鼻腔内から比較的多く採れる種の分離には非常に有用だが、呼吸器の起因菌と言われているM. disparやUreaplasma diversumは発育ができないため、注意が必要になる。同定は、市販のキットを使ったPCR法でも可能だが、設備・コスト面で検討を要する。
M. bovis関連のBRDCには順次、症状・目的に応じた薬剤投与を
Mycoplasma属のMIC(in vitroでの薬剤感受性)について、2008~2009年に試験したところ、マクロライド系薬剤は感受性が低く、テトラサイクリン系薬剤も10年前のデータと比べ耐性方向へシフトしてきている。一方、フルオロキノロン系薬剤は、高い感受性を示している。
M. bovisの関連する呼吸器病の治療においては、前提として、BRDCであり、経過が長引くことがあり、呼吸器治療薬の使用制限がある、という点を念頭に置かなければならない。複数の病原体を相手にするため、有効薬が異なる可能性があり、特に静菌作用を持つ抗菌剤の投与に関しては、宿主の免疫が正常であることが必要となる。
一次選択薬としては、ペニシリン系薬剤が挙げられる。Mycoplasmaには無効だが、複合感染しているPasteurellaやMannheimiaには有効に働くため、それらを排除するために活用し、発症初期であれば治療効果が見込める。M. bovisの場合は、慢性化すると直接的な影響以外に免疫撹乱が加わり重篤化してしまうので、はじめの3日間が勝負となる。
二次選択薬としては、マクロライド系薬剤またはフルオロキノロン系薬剤を使って頂きたい。前者は静菌的に働くので、個体の免疫状態を加味する必要がある。in vitroでは抵抗性を示し、MIC値は非常に高いが、臨床上では有効なこともある。切れ味は望めないものの、長期連続投与で効果がある。一方、後者は、in vitroでは非常に感受性が高く、殺菌的で切れ味が鋭い。二次的にしか使えないが、組織移行性が高く、毛細血管への侵入が望めない状態でも効きが良いと考えられる。
LAMP法を用いた手法により、M. bovisの診断が簡易・迅速・精確に
早期治療のための早期診断を目指し、LAMP法を用いたM. bovisの簡易迅速診断法を2011年、宮崎大学で開発した。LAMP法は、2000年に栄研化学で開発された、安くて早くて簡単で精確な遺伝子増幅法である。PCR法と異なり、一定温度に保ちさえすればよく、検出までの工程がワンステップで行える。PCRの場合には遺伝子を増幅した後に電気泳動をしなければいけないが、LAMP法はその必要がない。増幅効果が非常に高く、DNAを15分~1時間で10の9~10乗倍に増幅でき、短時間で診断できる。また、極めて高い特異性を示し、目的とする標的遺伝子配列の判定が反応副産物の白濁の有無の目視観察で行える。
このM. bovisの簡易迅速診断法では、早いものだと20分過ぎ、遅いものでも60分ほどで陽性を示す。PCRでは10の2乗だった検出感度も、10の3乗倍と良好。より迅速に行うために、鼻腔拭い液から直接サンプルを供試したところ、陰性サンプルは全て陰性。陽性サンプル35検体に関しては、88.6%が陽性だった。一方、PCR法で陽性を示したのは33検体中わずか3検体。優位性を示す結果とはなったが、100%でないことに課題が残る。検証を進め、今後、臨床現場応用を目指す。
ポイント
- 牛の呼吸器症例の多くはM. bovisの関連したBRDCであり、Mycoplasma検査が不可欠である。
- 鼻腔拭い液からのMycoplasma菌分離率は肺胞洗浄液からの結果と高率で一致しており、完全ではないものの、採材の利便性や牛のストレス軽減の面からも有用だと考えられる。
- 治療においては一次選択薬にはペニシリン系、二次選択薬にはマクロライド系またはフルオロキノロン系を用い、他のBRDC起因菌とM. bovisの排除を早期に行うことが重要。
- LAMP法を用いたM. bovis診断法は、PCR法と比較しても簡易・迅速・精確。早期の臨床現場応用に向けて検証が進められている。