
子牛におけるコクシジウム感染症の現状と今後期待される対策
宮崎大学 農学部 獣医学科 獣医寄生虫病学研究室 教授 堀井 洋一郎 先生
初感染により再感染への抵抗性を獲得する、という対策法の可能性
子牛がコクシジウム症に罹患すると、水様性下痢や血便を呈し、脱水や増体重の低下がみられ、酷い場合には死亡する。コクシジウム症は、畜産農家にとって経済的損失の重大要因のひとつであり、コクシジウムが与える影響を馬鹿にしてはいけない。コクシジウムに無頓着なままでいると農家に損をさせていると思う。
コクシジウム感染の実態を南九州にて調査してみた。個体別のオーシスト排出状況をみると、OPG値に単峰性のピークを示すことがわかった。また、オーシストの排出数が持続する個体では、コクシジウム種populationの交代がみられたが、それぞれの種類別のOPG値をみると、これも単峰性を示していた。徹底した予防プログラムを実施していたものでは、確かにオーシストの排出を抑えるが、突発的なOPGピークを示すものもあった。これらの結果より、感染に対する免疫(再感染抵抗性)が関与していることがわかった。
ほとんどの子牛が単峰性のピークを示すということは、再感染に対する抵抗性が生じている可能性がある。そこで、マウスを用い、大腸に寄生するE. pragensis(Ep)を用いて実験を行った。その結果、感染後7日頃からオーシストが排出され、OPD(Oocyst per Day:1日あたりのオーシスト排出量)値の単峰性ピークを作り、13日目にはほとんど排出されなくなる。14日目に再感染させたところ、その後は全くピークが出てこなかった。また、実際の子牛は常時、感染源にさらされているので、持続感染モデルをつくり、単回感染と比較したところ、持続感染モデルでもほぼ同様の単峰性のピークを示した。つまり、感染してオーシストが排出される間、同時に次の感染に対しての防御免疫を作っている。
では、初感染によって誘導される免疫の効果はどれくらいすごいものなのか?実験動物では、感染量が多いほど臨床症状(斃死)が発現する。Epの場合、感染量500、1,000では死亡する個体がみられなかったが、5,000の感染では8割が斃死、50,000にすると致死率は100%となった。そこで、初感染によって誘導される免疫の効果を調べるため、すべての個体が初感染を耐過した感染量 500、1,000群に対し、初感染では致死量に値する50,000を感染させてみたが、死には至らなかった。そればかりか、全くオーシストの排出がみられなかった。
牛のコクシジウム感染時期について、生後3週齢にはオーシストの排出がみられる。E. bovis、E. zuerniiのプレパテントピリオドが15~20日であることを考えると、生後すぐに感染していることになる。つまり、子牛がEimeria属の感染を免れることは非常に難しい。感染動態の観察において、ほとんどの個体がOPGの単峰性ピークを示しているということは、マウスでの実験で検証されたように、子牛についても抵抗性の獲得は期待できる。抵抗性を誘導しながらも発症には至らず、感染レベルを低くコントロールできるような適切な予防プログラム標準化の検討が重要である。
駆虫と免疫の獲得を両立させる、TZ製剤の予防プログラムへの活用法
平成20年に国内で使用開始となったトルトラズリル(以下、TZ)は、コクシジウムの細胞内寄生ステージのほぼ全てに作用する。現状、適切なワクチンのない牛においては、TZの予防プログラムへの活用が有効ではないだろうか。少ない回数でのより効果的な使用のためには、Eimeria感染に対するTZの駆虫効果とその後の免疫獲得まで考えた上でのプログラムを作ることが重要である。
別のマウス実験においては、コクシジウムを大量感染させた場合、TZを予防的に投与すると再感染抵抗性が獲得できた。しかし、少量感染の場合、早期のTZ投与では感染抑制効果は出るものの、再感染抵抗性は誘導できないこともわかった。子牛のコクシジウム感染においても、感染時期を推定した投与時期が非常に重要になると思われる。そこで、TZの適切な投与時期を探るために、コクシジウム症が問題になっている大規模農場において、曝露後の投与時期と再感染抵抗性の獲得の関連性を調べることとした。
当該農場では、哺乳期間中はコクシジウムフリーにコントロールできているが、離乳牛舎移動(80日齢前後)3週後にE. zuerniiによるコクシジウム症を発症することが分かった。つまりナイーブな状態で暮していた子牛が、コクシジウムが多く存在する環境に導入された途端に発症するということが臨床的に実証できている農場である。
当該試験では、TZ製剤を、離乳牛舎移動後7日目(第1シゾント形成時期)と14日目(第2シゾゴニー期への移行期)に投与した2群と、無投薬コントロール群に分けて試験を行った。各群それぞれ6頭供試した。その結果、コントロール群では、6頭中3頭でE. zuerniiによるコクシジウム症を発症し、そのうち1頭は血便を呈していた。残りの3頭は水様性下痢を呈しTZ治療を受けたが、E. zuerniiのOPG値は低かった。一方、TZ投与群では、投与後18日間はオーシストの排出が認められず、その後もコントロール群の発症牛に比べ1/30以下で推移した。また、移動後70日目以降も再感染抵抗性を維持し、いずれのTZ投与群において、再感染抵抗性を獲得したことが分かった。以後この農場では、この方法を続けており、1年以上コクシジウム症の発生がみられないことが観察されている。
大規模農場において、個体の治療が省けるのは大きなメリットである。農場ごとの状態を調べ、的確なポイントで予防プログラムを実行すれば、農家の負担を軽減し利益向上に貢献できると考えられる。
コクシジウム症の危険性:他の病原体関与による病態悪化
マウスに大腸寄生のE. pragensis(Ep)を感染させると、杯細胞が減少するということがわかっている。つまり、腸管における物理的なバリアを失っているということである。しかし、コクシジウムと他の微生物との関連性についてほとんど実験が行われていない。マウス腸管内へのコクシジウム感染が細菌の定着・増殖にどのように影響を与えるのだろうか?マウスの大腸に寄生するEp、志賀毒素散性大腸菌(STEC)を用いて実験を行った。その結果、杯細胞数は小腸では変化がみられなかったが、盲腸・結腸において有意に減少し、結腸では特に顕著であった。また、炎症細胞の軽度浸潤が確認された。
腸管内容物における大腸菌群数の定量結果から、小腸から大腸の腸管全域で大腸菌群数が増加するという面白い結果を得た。さらに、Ep感染マウスに本来定着するはずのないSTECを感染させたところ、大腸菌群同様、腸管全域の内容物からSTECを検出し、免疫組織化学的検査において盲腸で定着像がみられた。粘液量に関与する杯細胞の減少が顕著だった結腸ではSTECの定着像がみられなかったのはなぜだろうか?違う要因を考えてみた。
盲腸は解剖学的な構造は袋状で、腸の内容物を貯留するという機能面から、一定期間は細菌も滞留しやすい部分である。小腸は早い蠕動運動によって内容物が滞留しないような機能を持っている。前の結果から、コクシジウム感染が腸の蠕動運動に影響しているのではないかと仮説を立て、Ep感染マウスに造影剤を投与して経時的にX線撮影を行うことで、腸の運動を評価した。その結果、非感染マウスでは2時間で腸まで移動し、12時間後にはほとんど排出されたのに対し、Ep感染マウスでは24時間、48時間後でも造影剤が体内に停滞していた。細菌の増殖に24時間という差は十分すぎるのではないか?腸管内でバクテリアが十分増える時間をコクシジウム感染が与えていると推測できる。
以上の結果より、コクシジウムの感染は腸管内においてバクテリアが感染しやすくなるという側面を考えなければいけない。牛の場合、または細菌の種類によってどのような影響があるかはこれからの課題ではあるが、コクシジウムをプレリミナリーな病原体として考え、対策を行うことは大きな意義があるということを結論として話を終えたい。
ポイント
- コクシジウム感染子牛のオーシスト数(OPG値)について、個体別に見ると単峰性のピークを示す。
- マウスにおける実験でも、子牛同様単峰性のピークを示すが、強力な再感染抵抗性が誘導されていることがわかった。
- Ep感染マウスにおける実験から、コクシジウム感染は腸の蠕動運動に影響している可能性があり、他の病原微生物感染を助長するプレリミナリーな病原体として考える必要がある。