
最適な初乳マネージメントを考える
北海道立総合研究機構 畜産試験場 家畜衛生グループ 小原 潤子 先生
新生子牛の受動免疫に関し、黒毛和種についての調査へ
新生子牛は疾病に対する抵抗力を持っていない。母牛の免疫は子牛が初乳を摂取することにより受動伝達される。母牛血中から初乳へ移行する免疫グロブリンの多くはIgG1で、子牛の腸管から吸収されて血中へ移行し、感染防御抗体として働く。また、血中へ移行した抗体は腸管に再分泌され、腸管局所の感染防御に作用する。
しかし、良質な初乳摂取が不十分であると、受動免疫伝達不全(failure of passive transfer; FPT)が起こる。初乳摂取後24~48時間の血清中IgG1濃度が10mg/mlに満たない子牛はFPTと定義されており、アメリカにおけるホルスタイン種の農場調査では、10~60%存在する。FPTの子牛は疾病発生率や死亡率が高くなると報告されている。
しかし日本独特の黒毛和種での実態は不明であるため、我々の畜産試験場において調査を行った。その結果も踏まえつつ、新生子牛に十分な免疫を与えるための初乳マネジメントについて考えたい。
初乳マネジメントの3つのQ;Quality, Quantity, Quickness
黒毛和種子牛90頭について生後2日目に調査を行ったところ、血清中IgG1濃度と総蛋白質には相関があり、FPTの子牛は14頭、15.6%存在した(スライド1)。90頭のうち離乳までに下痢をしなかった正常子牛は36頭、下痢をした子牛は54頭(スライド2)。下痢から斃死へと至った9頭のIgG1濃度は平均16.3mg/mlであり、他と比べて有意に低く、重症化や斃死を防ぐためには、十分な受動免疫を得る必要があると言える。
そのための初乳マネジメントのポイントは、3つのQ。どのような質(Quality)の初乳を、どれくらいの量(Quantity)を、どれくらい速く(Quickness)子牛へ給与するかが重要となる。
1.初乳の品質(Quality)
ホルスタイン種牛では、IgG1濃度50mg/ml以上のものが良質な初乳とされている。初乳に含まれるIgG1量は個体差があり、品種間の差も大きい。初乳中のIgG1濃度は、母牛が高温ストレスにさらされた場合、初妊である場合、乾乳期間が短い場合、分娩前に漏乳がある場合などに低くなる。
黒毛和種の経産牛と、ホルスタイン種の初産牛および経産牛とで初乳成分を比較すると、一般乳成分に差は認められないが、IgG1濃度は黒毛和種牛の方が2~3倍高い(スライド3)。また、IgG1濃度は搾乳1回目で平均67.6mg/mlだが、2回目で半減し、搾乳3回目以降になると常乳と変わらなくなるため(スライド4)、給与には1回目を使いたい。子牛の疾病予防のためには、搾乳時の衛生管理にも注意が必要である。
2.初乳の給与量(Quantity)
初乳の量はホルスタイン種の経産牛が最も多い(スライド5)。ホルスタイン種母牛の初乳を搾乳し、子牛に哺乳バケツまたは哺乳瓶から好きなだけ飲ませると、体重との相関が認められ、ホルスタイン種、黒毛和種ともに平均で3Lは摂取する(スライド6,7)。正常な子牛であれば、2L以上は初乳を飲んでいた。
子牛の血清中IgG1濃度を10mg/ml以上に到達させるためには、体重45kgの子牛が生後数時間以内に100gのIgG1を摂取することが望ましい。すなわち、IgG1濃度35mg/mlの初乳では3L、IgG1濃度50mg/mlの初乳では2Lの給与が必要となる。
初乳摂取量と生後2日目の血清中IgG1濃度を調べると(スライド8)、摂取量が多いほどやはり濃度が高く、2頭いたFPT子牛のIgG1摂取量は100gに達していなかった。初乳の品質が多様であることを考慮すると、より多くの初乳を給与すべきだと考えられる。
3.初乳給与のタイミング(Quickness)
子牛が摂取したIgG1の腸管から血中への移行は、生後約24時間で停止する。そのため、生後できるだけ速い時間に子牛へ初乳を給与することが推奨されてきた。しかし、出生直後の低酸素血症はIgG1の吸収を遅らせる要因となるため、まず気道を確保し、呼吸の開始を確認することが肝要である。
生後1時間以内、3時間、6時間の新生子牛にIgG1量100gの初乳を給与したところ(スライド9)、いずれも血清中IgG1濃度は10mg/ml以上となり、吸収率で比較しても30%前後と差はなく、摂取する早さと血清中IgG1濃度の間には相関は認められなかった。黒毛和種の新生子牛は平均2時間で起立、4時間以内に初乳を摂取するため(スライド10)、自然哺乳のタイミングで問題はない。むしろ母牛が子牛を舐めるリッキングやマッサージによる刺激は、呼吸や血液循環を促進し、子牛の活力を高めるので、子牛が哺乳欲を示した頃に給与するのがよいと考えられる。
母乳+初乳製剤の追加給与で、移行抗体がレベルアップ
新鮮な母乳は免疫グロブリン量が多く、初乳に含まれる細胞が子牛の免疫を活性化する。また、それぞれの農場特有の病原体に対する特異抗体も含まれている。
IgG1濃度が高い十分量の初乳を用意できない場合、良質な凍結初乳はもちろん、免疫グロブリンを含む初乳製剤を活用する方法も考えられる。ただ、比較調査の結果では初乳製剤だけでは母乳給与の平均値に比べてIgG1濃度は低く、十分な免疫を得られない可能性もある。しかし、各種ウイルスに対する特異抗体が含まれた初乳製剤を給与した実験では、自然哺乳した子牛と比較しても抗体価のばらつきが少なかった(スライド11)。すなわち母乳に初乳製剤を追加給与することにより、牛群の抗体レベルを安定的に高め、移行抗体をレベルアップさせることができる。以上を鑑みて、初乳製剤は母乳の代替ではなくサプリメントとして追加給与するのが望ましい。
なお、母牛に打ったワクチンは初乳にも反映されるため、下痢症予防の混合ワクチンなどで特異免疫を高める方法も有効である。
良好な受動免疫伝達のために、子牛が良質の初乳をタイムリーに摂取し、十分量のIgG1を吸収することを考慮した初乳マネジメントが望まれる。
ポイント
- 良い初乳を確保して飲ませるためには、母牛の飼養管理が適切であることが大事。病原体汚染のない清潔な初乳を準備すること。
- タイムリーに子牛が初乳を飲むことも大切。目安としては、免疫移行に差が認められない生後6時間以内に飲ませること。
- 十分量のIgG1を吸収させるためには、できるだけ多くの初乳を給与すること。良質な初乳を確保できない場合は、初乳製剤の追加給与を考えると良い。
- 特異免疫を高めるためには、母牛のワクチン接種も有効である。