
一酪農家の育成牛群におけるコクシジウム症予防を目的としたトルトラズリル製剤の投与適期の検討
北海道 上川北農業共済組合 美深家畜診療所 山下 祐輔 先生
一変したコクシジウム症に対する認識、そして調査へ
北海道北部、南北200kmにわたる上川北農業共済組合の区域は、非常に寒暖差が激しい内陸性気候で、夏は30度を超えるが冬はマイナス30度に到達することもある。
3年ほど前、一農家から育成舎導入後にコクシジウム症の発症が目立つ、増体が悪くなるという相談をされ、育成舎導入時にウェルカムショット的な使用法でトルトラズリル製剤(牛用バイコックス)を投与するよう提案した。しかし良好な結果を出せずにいた頃にコクシジウム症に関する講演を聴講したことで、コクシジウム症に対する認識が改まった。そこで農家に依頼し、牛の抵抗性を誘導しながらも発症に至らないタイミングで牛用バイコックスを投与する「投薬適期」を探るために実態調査を開始した(スライド1)。
育成舎移動後のOPG値、日増体重(Daily Gain)を確認し、「投薬適期」を探る
今回の試験農場では、出生子牛は離乳(概ね50~60日)するまで本牛舎のハッチにて単独飼育された後、育成舎へ移動される。育成舎には7つのペンがあり、子牛の成長とともに移動を行っている。ペン1~3は隣接の小パドックへ移動可能であり、ペン4~7はパドックを通じて放牧地につながっている。
まず実態調査として、育成舎のみで飼養されていた子牛10頭についてOPG値の推移を調査した。初めて放牧地またはパドックに開放する直前(0週)、その1、3、4週後に直腸便を採取し、Oリング法で検査したところ、概ね3週目でOPG値のピークを迎えることがわかった(スライド2)。また、計7種類のコクシジウムが検出され、なかでもE.alabamensis が顕著に検出された。この結果、投与タイミングとしては移動後2週目がベストと推測された。
本試験ではホルスタイン種育成子牛16頭を用い、規定量(0.3mL/㎏BW、単回投与)の牛用バイコックスを投与しなかったNT群4頭、育成舎移動時に投与した0w群4頭、移動後1週に投与した1w群4頭、移動後2週に投与した2w群4頭に振り分けた。育成舎に移動した週を0週として8週目までの計9回、直腸便を採取し、Oリング法によるOPG値の測定と種の推定を行うと同時に、胸囲を測定し推定尺をもとに日増体重(DG)を算出した。
中程度以上の病原性を持つ4種のコクシジウム原虫のE.alabamensis 、E.zuernii 、E.ellipsoidalis 、E.bovis に注目し、結果を解析したところ、NT群では3週目から5週目にかけてOPG値のピークがみられ、4頭中3頭がOPG値5000以上となり、下痢を呈した(スライド3)。0w群でも4頭中3頭でOPG値が5000を超え、うち2頭が下痢を呈した。そのうち1頭は2回ピークを形成しており、2回目のピーク時は1回目に検出されていなかったE.ellipsoidalis が確認された(スライド4)。1w群ではOPG値が5000を超えた個体は3頭で、そのうち1頭が下痢を呈した(スライド5)。以上3群においては有効なオーシスト排出抑制効果は認められなかった。しかし、2w群では、OPG値が5000を超えた個体が1頭現れたものの下痢は呈しておらず、他の3頭ではオーシストの排出を十分に抑制していることがわかった(スライド6)。OPG値5000を超えた1頭は、投与当日の糞便検査でE.ellipsoidalis とE.alabamensis 主体のピークを形成した後、8週目にE.zuernii が検出され下痢を呈した。これは何らかの原因でE.zuernii に対する抵抗性を獲得できずにバイコックスが投与されたためと考えている。しかし、育成舎移動後2週目に投与することでオーシスト排出抑制効果は十分に認められるということがわかった。
また、推定尺を用いた日増体重を比較すると2w群の増体重が0w群と1w群に比べ有意に大きかった。中程度以上の病原性をもつコクシジウムのOPG値が5000を超えた個体では、超えなかった個体と比較すると有意に増体が悪い結果となった(スライド7)。これらの結果から、この農場では育成舎移動後2週でのバイコックス投与が、オーシストの排出を抑制したと同時に最も良い日増体重を得ることができることがわかった。
過去の対策と今回の試験から学んだコクシジウム症対策
今回実施した試験と牛用バイコックスをウェルカムショット的に使用した過去の対策の違いについて考察してみた。本試験、実態調査さらに本牛舎における糞便検査では、育成舎移動までにオーシストの検出が見られなかったことから、この農場では、育成舎移動後に初めてコクシジウムに暴露されていることがわかった。したがって、ウェルカムショット的な移動直後の投与では、感染量が不十分な状態で駆虫され、再感染抵抗性が獲得できていなかったと推察された。すなわち「安易なバイコックス投与は禁物」ということがわかった(スライド8)。
本試験農場では、育成舎移動後2週での投与が最も効果が高い結果となったが、予防投与適期をどのように決定すればよいのだろうか?本試験の結果から、中程度以上の病原性を持つコクシジウム種のOPG値の動向を確認し、最も早いピークを形成する1週間前を目安にして投与適期を決めたらよいのではないかと考える(スライド9)。
本試験では、中程度以上の病原性を持つコクシジウム種のOPG値が5000を超えた個体は16頭中10頭であり、日増体量に大きく影響が出ていることがわかった。そのうち臨床症状を示した個体は7頭であり、3頭は臨床症状である下痢を呈していなかった。しかしながら、これらの個体は、主に小腸寄生で中等度の病原性をもつE.alabamensis やE.ellipsoidalis が関与しており、増体に影響を与える不顕性感染のコクシジウム症にも注意が必要であると考える(スライド10)。
総合的なアプローチをもとにオーダーメイドの「予防投薬適期」の提案が重要
コクシジウム症を予防するためには、総合的なアプローチが必要である。牛はコクシジウム感染に対し再感染抵抗性を獲得する。再感染抵抗性を獲得するには、それに必要な感染量が必要であり、発症までには子牛側の感染許容量があると考えられる。コクシジウムコントロールには子牛が許容できる感染量を超えずに、再感染抵抗性を獲得するのに必要な感染量を超えるタイミングでの駆虫が最良であると考える。しかしながら、子牛が環境的ストレスを受けていたり低栄養状態だったりすると、感染許容量が小さくなり、対策を講じてもすぐにオーバーフロー(発症)してしまう。コクシジウム症の予防には、「感染量を減らす(衛生管理)」、「再感染抵抗性を獲得させる」、「オーバーフローしにくい牛にする」という3本柱を重視するべきと考えている(スライド11)。
本試験農場では予防の3本柱をもとに指導を行ったところ(スライド12)、ようやくコクシジウム症が発生しなくなった。予防投与の適期は、オーシスト排出の動向もみながら総合的に決定する必要があるため、農場ごとにオーダーメイドで作成してく必要があると言える。
まとめ
- 試験農場では、育成舎移動2週間後の牛用バイコックス投与でオーシスト排出を抑制し、良好な増体が得られた。
- コクシジウム症は臨床症状を示さず、増体のみに影響を与える場合もあるため、下痢発症の有無に関わらず、コクシジウム種の推定とオーシスト排出の動向を探る必要がある。
- OPG値のピークとコクシジウムのプレパテントピリオドは必ずしも一致しないので、注意が必要である。
- 予防方法は、画一化されたものはなく、農場ごとにオーダーメイドで作成することが重要である。